2012年09月01日

孤独について

普通の人の感覚はよくわからない。


だけど


僕のことを話すとしたら

一人で過ごすときに「さびしい」と感じることはない。


0と言ったら嘘になるかもしれないけれど、99.9%ない。



「だれかと一緒に過ごしたい」という気持ちが

「さびしい」「孤独」という感情に結びついていないらしい。



では、どんなときに感じる感情か?


ぼくが「さびしい」と感じるのは誰かと一緒にいるときだ。

わかって欲しいと思っている相手

少しでもそれを期待している人


例えば

友達、家族、恋人、・・・



そんな人と一緒に過ごしているのに

「あぁ、きっとこの人はいくら言葉で伝えたところで

 おれの気持ちなどわかってもらえないのだろうな」と

感じてしまったとき


 
その瞬間

とてつもなく「さびしい」



現代において

「物理的にも」「精神的にも」

一人で生きているなんてありえない。


必ずいつも

どこかで誰かとつながっている。



そんな理屈は理解していても

やはりその瞬間は完璧な孤独である。




村上春樹の小説にも書いてあった

「言葉にしなければ伝わらないことは

 言葉にしても伝わらない」と。



一歩間違えば、ただのマイナス思考で

あきらめ癖の強い人間がつぶやきそうな言葉である。



だけど、この想いもまた

一つの真理だと思う。






posted by nyakako at 21:28| Comment(2) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月27日

for you を想う


自分でも気づいていなかったのだけど


長い間、心の中で


「誰かの為に」という考え方が

ひっかかっていたような気がする。



ひっかかっていたというか

信じられなかったというか。



「あなたの為に」と言葉では言っても

それはあくまで 自分が考える「あなたの為に」であって

本当の意味で「相手の為になること」ではないのだ。


そんな風に無意識に信じていた気がする。


そう、多分

人は100パーセント誰かの為になれないと

あきらめていたのだと思う。



100パーセント誰かの為と

思うこともない

思われることもないから

もういいやって


自分のことばかり考えていたのかもしれない。




だけど最近は少し変わった。


自分の為だけ でもなく

誰かの為だけ でもなく


本当は誰もが

同時にどちらも考えているのだと

そんな気がする。



ただ

表現方法が

上手だったり

下手だったりするだけなんだと。。



そして生きるのが少し楽になった。



それを気づかせてくれた

大切な人にも

そしてこの本にも

感謝。



posted by nyakako at 00:51| Comment(2) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

Just

生きる

ということは

なんてシンプルなことなんだろう。





たまに思ふ。



ただ



咲いては

散っていく

花のよう


photo:01





なものなのかも

しれないよね。




iPhoneからの投稿
posted by nyakako at 06:25| Comment(0) | 想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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